大阪高等裁判所 平成8年(く)212号 決定 1996年10月23日
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告の趣意は、被告人作成の抗告の申立書(なお、被告人は、保釈取消決定のうち、保釈取消し自体については不服申立てをする趣旨ではなく、保釈保証金の没取に対してのみ取消しを求める趣旨であると釈明した。)及び抗告の申立理由書記載のとおりであるからこれらを引用する。
論旨は要するに、被告人は、覚せい剤取締法違反、競馬法違反、業務上過失傷害被告事件(以下「本案事件」という。)で大阪地方裁判所に起訴され、平成六年四月二二日、(一)覚せい剤取締法違反(平成六年二月一〇日付け起訴のもの)につき、保証金一〇〇万円、(二)競馬法違反につき、保証金三〇〇万円として各保釈を許可され、審理を受けていたところ、平成七年六月二六日の公判期日(判決宣告期日)に出頭しなかったとして右各保釈を取り消されるとともに、右各保証金を全部没取されたが、被告人は、<1>右公判期日の召喚状の送達を受けていない、<2>交通事故に遭い病院に入院したり、肝臓病、糖尿病等で入院治療を受けたため、何回か公判期日に出頭できない場合があったが、その際には、公判期日変更申請書及び診断書を提出しており、裁判所の手続を無視したことはない、<3>本案事件第一審判決において、懲役三年及び罰金二〇〇万円の言渡しを受けたため、控訴したが、控訴棄却となり、現在上告中であるという事情を勘案して貰いたい、として各保釈保証金を没取する旨の決定の取消しを求める、というのである。
そこで、所論にかんがみ記録を調査して検討すると、本件は、被告人に対する覚せい剤取締法違反((一)平成六年二月一〇日付け、同年三月一六日付け各起訴)、(二)競馬法違反(同年四月一二日付け起訴)及び業務上過失傷害(同年五月二四日付け起訴)被告事件について、被告人が、右(一)及び(二)事件につきそれぞれ勾留されていたところ、同年四月二二日、保証金を(一)につき一〇〇万円、(二)につき三〇〇万円としてそれぞれ保釈を許可(同月二五日身柄を釈放)され、四回の公判期日(この間、数回の期日変更。うち一回のみ検察官の追起訴未了による変更、その他は被告人の病気等による変更。)を経て、平成七年三月九日、論告弁論等を終え、判決宣告期日を同月二〇日と定められたものの、被告人の交通事故による受傷を理由に期日が変更され、その後も被告人の病気等を理由に期日変更が度重なるなどしていたが、被告人は、平成七年六月二六日午前一〇時の判決宣告期日に出頭しなかったため、同日、右各保釈を取り消されるとともに、右(一)(二)の保釈保証金合計四〇〇万円全額を没取されたというものである。
ところで、被告人は、平成七年一一月二七日、大阪地方裁判所で、本案事件につき懲役三年及び罰金二〇〇万円の有罪判決の言渡しを受けたため、同月二九日控訴したが、平成八年七月一七日、大阪高等裁判所で控訴棄却の判決を受け、同月一八日上告し、現在上告審において審理中であり、本案事件の裁判は未だ確定していないところ、被告人は、同年九月二日本件抗告を申し立てたもので、保釈保証金没取についての取消しの利益はなお存するものと解するのが相当であるから、以下、本件申立ての当否について判断することとする。
そこで、平成七年六月二六日の公判期日(判決宣告期日)の召喚手続が適式になされたか否かについて検討すると、右期日の前期日である同月一二日の公判期日は被告人不出頭のため変更されたが、裁判所は、右期日において、次回期日を同月二六日午前一〇時と指定し、その旨の召喚状を被告人宛に発送し、右召喚状は同月一四日に被告人に送達されたことが明らかである。すなわち、被告人は、そのころ病気治療のため大阪市西区所在の甲野病院に入院していたものであるが、弁護人において、保釈の制限住居を右甲野病院とする旨の変更申請をし、同月一三日、制限住居の変更を許可する旨の決定がなされ、裁判所は、同日、右公判期日の召喚状を制限住居である右甲野病院宛に発送し、右召喚状は、同月一四日、甲野病院に到着後、同病院婦長Aを介して被告人に交付され送達の効力を生じたことが認められる。また、被告人及び弁護人は、右公判期日に関する変更申請等何らの措置をとっていないことも明らかである。そうすると、被告人の前記不出頭は、公判期日の召喚を受け、正当な理由がないのに出頭しない場合に該当すると言わざるを得ない。
なお、被告人は、同月八日、甲野病院への入院を許可されたが、同月一四日及び同月一六日に無断外泊をし、同月一九日からは無断外泊を続けたため、同月二二日、同病院を退院扱いとなったところ、同病院のB医師の診断によると、被告人は当時、裁判所に出頭し判決宣告を受けることに何ら支障のない病状であったものであり、さらに、被告人は、平成七年一〇月二日、鳥取県において、別件詐欺容疑で逮捕されて起訴され、引き続き、別件覚せい剤取締法違反事件で起訴されたが、この間、被告人は同月五日本件保釈取消により収監され、同年一一月一〇日本案事件の判決宣告期日(同月二七日)の送達を受けるまで、裁判所に何の連絡もしていなかったものである。
以上のとおり、被告人の右公判期日不出頭の事情には、何ら同情すべきものはなく、かつ、不出頭後も、裁判所に連絡をとろうとの努力をした形跡は認められないから、原決定が、右保釈保証金合計四〇〇万円を全額没取したのは相当である。
以上のとおり、原決定には判断の誤りはなく、論旨は理由がない。
よって、刑訴法四二六条一項により、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 角谷三千夫 裁判官 古川 博 裁判官 鹿野伸二)